私は1年間の稼働で壊れたストーブを目の前にしたとき、
最初に感じた違和感は「この鉄、本当に一般的な構造用鋼材なのか?」という問いだった。
表面の焼け方、サビの出方、割れ方、硬さ。
サンダーの刃を当てたときの、あの“妙な手応え”。
長年、薪ストーブと鉄に触れてきた私の感覚が告げていた。
「これはたぶん、いつも使用しているSS400の挙動じゃない。」
SS400とは一般的に最も流通している普通鋼材で、多くの場所で使用されており
私は鋼材商から鉄を購入すると言えば特別な目的を除いてSS400を購入する。
そんな直感が、材料の正体を追う旅の出発点だった。
EDXでは“鉄”しか見えない──最初の分析の壁
まず私は、工業技術センターに勤める友人に頼み、EDX(エネルギー分散型X線分析)でストーブの一部を測ってもらった。
そんな計測装置の名前を1週間前まで知らなかったのだが、私のつたない頭脳でイメージしているのは金属表面にX線を投射して金属表面の成分を検査する検査機器だと認識している。
EDXは手軽で強力な装置だが、あくまでも“表面数マイクロメートル”の世界しか見ない。
結果として出たピークは、
Fe(鉄)が圧倒的に主成分
少量のAlとSi
それ以外の合金元素は“ほぼ0%扱い”
正直、この時点では拍子抜けするほど普通の構成に見えた。
ただし、私はこの結果を見て確信した。
「この数値だけで、材料は何ひとつ断定できない。」
当初予想していた耐熱耐候性の鋼材に添加しているであろうと予想していた元素が検出されず、炭素の量が鋳鉄並みに多い。
EDXで炭素が13%と出ていたが、鉄鋼のC量が10%を超えることは絶対にない。
表面のスケール、炭素汚れ、酸化膜、サンダー切断時の熱影響──
そういった“外側”の情報が、EDXの結果を大きく歪める。
ましてや Mn・Cu・Cr のような“弱いピーク”は、自動認識では拾われにくい。
つまり、検査の第一段階と位置付けていたX線分析装置では材料の本質が見えないと言う結論に至った。
願った通りに話が進まないのが製品開発の定石なので、これと言った感情の変化は生まれず現状を踏まえて今後の方策を考えた。。
工業技術センターから届いた重要な言葉
そんな中、X線分析装置の検査結果をシェアさせて頂いた県立工業技術センターの職員からメールが届いた。
内容の要点は「炭素鋼の可能性が高いです。以前送信して頂いた、本体にサンダーを当てて発生した火花写真からも低炭素鋼の特徴が見られます。詳細は発光分光分析で判定できます。」
これは私の推測とも一致する内容。
磁石も付くし、本体を削って発生した火花写真を改めて見ると派手に枝分かれする工具鋼でもないし、ましてやニッケル分の多いステンレスでもない。
直感で推測するには明確な指標がないので現状では進むべき方向が定まらない。
職員に今後の方策を相談してみると
X線分析装置からさらに詳細に検査を希望するなら発光分光分析(OES)を使って検査を行えば使用されている成分が分かる可能性が有るらしい。
発光分光分析器とは何らかの光(レーザーなのかな?)を金属表面に投射して蒸発した成分を分析するらしい。
検査の特徴は表面状態の誤差をほぼ排除し、条件が良ければ鋼材の種類に近いところまで成分を推測できるそうだ。
検査機器を使用する条件は担当者から使用方法の講習を受けて、あとは自分で操作するらしい。
担当者のスケジュールをお伺いすると、来週にアポイントを取ることが出来たので迷いなく予約しました。
製鉄所出身の分析技術者との出会い──“本物の現場”の視点
そしてさらに大きな転機が訪れた。
姫路物作り支援センターに現在の状況と進むべき方向性を相談したところ
元・製鉄所で鋼材分析を担当していた支援員と話す機会を得たのである。
彼はEDXのデータを見て、こう言った。
「Cが多いのは母材ではなく“表面”の影響が多いと推測できる。だから中炭素鋼とも言えないし、逆に溶接性や加工性を見ると中炭素鋼は矛盾する。今のEDXだけでは、材料は読めない。」
この言葉を聞いた瞬間、胸がすっと軽くなった。
私が抱えていた“違和感”は、間違いではなかった。
そして、自分の中に積み上げてきた推測も、
完全に外れてはいなかった。
彼は最後に、こう付け加えた。
「来週の発光分光分析の結果を、ぜひ見せてください。
そのデータがあれば、おそらく材料が確定できます。」
私は思わず微笑んでしまった。
材料の正体を追う旅は、一人で戦っているようで、
気づけばこんなに多くの専門家が力を貸してくれていた。
これほど心強いことはない。
まとめ
技術者として、ものづくりをしていると
時々「自分は正しい道を進んでいるのか?」と不安になることがある。
だが、今日は違った。
EDXの壁にぶつかり、
疑問を持ち、
専門家に相談し、
情報を集め、
推論し、
そしてまた次の手が見えてくる。
その一つひとつの積み重ねが、
確かに私を“材料の真相”へと近づけている。
そして何より、
製鉄所の分析技術者や工業技術センターの専門家が
「続報を見れば答えに近づける可能性が高い」と言ってくれたことが、
何よりも嬉しかった。
私は、技術者として正しい道を歩けているのだと感じた。
来週、発光分光分析の結果が出れば、
いよいよこの鉄の正体が姿を現す。
その瞬間を、私自身が一番楽しみにしている。
しかし、これはサウナストーブ開発の前段階で有りあくまでも目的は長期間使用に耐えるストーブの開発なので今は物語のプロローグを楽しんでいるに過ぎない。

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